大切にしている革靴に、傷がついた。
階段でつま先を擦った。電車で誰かに踏まれた。階段で躓いた。理由はさまざまですが、気づいたときのあの気持ちは、革靴を大事にしている方なら分かると思います。
ただ、革靴の傷は思っているより直せることが多いものです。
すべてが完全に消えるわけではありません。
けれど、目立たなくすることはできますし、種類によってはほとんど分からない状態まで持っていけます。
この記事では傷の種類ごとに、自分でできることと、工房でできることを整理します。
判断の基準は、革の構造にあります。
- 傷の種類別の見分け方と対処
- 自分で直せる範囲と、修理が必要な範囲
- やってはいけない対処法
- 傷を防ぐための実践的な工夫
まず知っておきたい|革の表面の構造

傷の話をする前に、革の構造を簡単に押さえておきます。
ここが分かると、傷の見分け方が理解しやすくなります。
銀面(ぎんめん)という表面層
革の表面には「銀面」と呼ばれる層があります。
動物の毛が生えている側(表側)の面で、繊維が密に詰まっており、なめらかで丈夫です。
革靴の美しい艶は、この銀面があってこそ生まれます。染料や顔料も、主にこの層に入っています。
銀面の下は繊維がほぐれた層
銀面の下は繊維がゆるやかに絡み合った層です。ここは銀面ほど密ではなく、色も入っていません。
スエードはこの層を起毛させて作られています。つまり、銀面を削ると、その下からスエードのような毛羽立った面が出てくるということです。
だから、判断の基準は「銀面が残っているか」
傷が付いたとき、まず確かめるべきはここです。
銀面が残っていれば、表面がへこんだり、毛羽立ったりしているだけで、色は失われていません。この場合、油分を補って表面を整えれば、かなり目立たなくなります。
銀面が削れて下の層が出ていれば、色のない部分が露出しています。この場合は、色を補う必要があります。
職人の知恵袋💡
お客様が「傷で色が抜けた」とおっしゃるものの多くは、実は色が抜けていません。
繊維が毛羽立って、白く見えているだけのことがよくあります。
傷の種類は4つに分けられます

| 傷の種類 | 見え方 | 銀面 | 対処 |
|---|---|---|---|
| ① 擦り傷(浅い) | 白い線・面。表面が毛羽立つ | 残っている | クリームで油分補給。家庭で対処可 |
| ② へこみ・圧痕 | 凹んでいるが表面は無傷 | 残っている | 油分補給+時間。ある程度戻る |
| ③ 削れ・色抜け | 内側の色が見える | 削れている | 補修+補色。家庭でも可、深ければ工房 |
| ④ えぐれ・切れ | 溝になっている、革が裂けている | 貫通 | 工房での補修が必要 |
見分けるコツ
明るい場所で、傷の部分を斜めから見てください。
光を当てたときに、周囲と同じように光を反射していれば銀面は残っています。
反射せず、マットに毛羽立って見えるなら、銀面が傷んでいます。
また、指で軽く触れてみて、引っかかりがなければ浅い傷、爪が引っかかるようなら深い傷、と判断できます。
白く見える傷|実は色が抜けていないことが多い

いちばん多いのが、この種類の傷です。そして、いちばん簡単に改善します。
なぜ白く見えるのか
擦れによって、銀面の表面の繊維がわずかに毛羽立ちます。すると、その部分だけ光が乱反射し、白っぽく見えます。
色が抜けたわけではありません。光の反射が変わっているだけです。
対処|油分を補って、繊維を寝かせる
毛羽立った繊維に油分を補うと、繊維が寝て、周囲と同じように光を反射するようになります。
これで傷は目立たなくなります。
手順は次のとおりです。
- ブラシで傷の周辺のホコリを落とす
- クリーナーで表面の汚れを取る(傷の部分は特に優しく)
- クリームを少量、傷の部分に指で押し込むように塗る
- 指の腹で、円を描くように優しくなじませる
- 少し置いてから、豚毛ブラシでブラッシング
- 柔らかい布で乾拭き
指を使うのがコツです。指の体温でクリームが柔らかくなり、繊維の隙間に入りやすくなります。
これで消えなければ、次の段階
この方法で改善しない場合は、銀面が削れている可能性があります。 「革靴はメンテナンスが必須!」と聞くけど、いざ革靴を買ったら何から手をつけていいのかわからない…、という方も多いと思います。
そこで本記事では、具体的にどう革靴をメンテナンスしていけばいいのか?を革靴職人が徹底解説していきます!
この記事を読めば、こんな悩みが解決します!
そもそも「
初めての革靴、正しくメンテナンスできてる?革靴職人が手入れ方法を詳しく解説!
銀面が削れた傷|補色が必要

銀面が削れ、下の層が見えている場合の対処です。
色付きクリームで補色する
この場合、油分を補うだけでは色が戻りません。
色付きのクリームで、抜けた色を補う必要があります。
色の選び方には注意が必要です。傷の部分だけ色が濃くなると、かえって目立ちます。靴と同じか、やや薄い色を選び、少しずつ重ねてください。 靴のお手入れを始めようとして、最初につまずくのが、クリームの色ではないでしょうか。
店頭に並ぶ靴クリームは無色から、黒、こげ茶、明るい茶、赤みの強いもの、青みがかったものまで、驚くほどの色数があります。ものによっては四十色以上を展開しているシリーズもあります。
そこで多くの方がこう考えます。
色選びの考え方については、こちらの記事で詳しくまとめています。
靴クリームの色は何を選べばいい? 黒・茶・無色の使い分けと、色を入れるという考え方
手順
- 傷の周辺をクリーナーで整える
- 色付きクリームを、綿棒か指先に少量取る
- 傷の部分にだけ、点で置くように塗る
- 乾いたら、周囲になじませるように広げる
- 全体にクリームを塗って、色の差をぼかす
- ブラッシングと乾拭きで仕上げる
一度で完璧を目指さない
色は一度に入れようとせず、薄く重ねてください。乾いてから見ると、思ったより色が入っていることがあります。
入れすぎた色を薄くするのは難しいので、足りないくらいから始めるのが安全です。
▸ [工房でお取り扱いしているもの] 傷の手当てに使うもの
傷の補修には汚れを落とすローションと、油分を補うクリーム、そして色を補う色付きクリームが必要になります。
元麻布スピカではコロンブス社の最上級シューケアライン「BOOT BLACK(ブートブラック)」の各アイテムをお取り扱いしています。
色付きのクリームは色数が多く、靴に近い色をお選びいただけます。
色の判断が難しい場合は靴をお持ちいただければ、実物を見ながらご案内します。
▶ 商品一覧(メンテナンス商品):https://www.spica-inc.jp/item/maintenance/
えぐれ・切れた傷|工房での補修

革が深くえぐれている、あるいは切れている場合は、家庭での対処が難しくなります。
なぜ難しいのか
えぐれた部分は革そのものが失われています。クリームを塗っても、失われた革は戻りません。
この場合、補修剤で溝を埋め、表面を整えてから色を入れるという工程が必要になります。
埋める素材の選択、盛り方、削り方、そして周囲との色の合わせ方。いずれも慣れが要る作業です。
工房でできること
▸ 補修剤による充填
えぐれた部分に補修剤を入れ、周囲と同じ高さまで整えます。乾燥後に削り、表面をなめらかにします。
▸ 色入れ
補修した部分に、周囲と同じ色を入れます。革の色は単色ではないことが多いため、何色かを重ねて調整します。
▸ 部分的な染め直し
傷の範囲が広い場合や色の差が大きい場合は、その面全体を染め直すことで境目が分からなくなります。
▸ 当て革(裂けている場合)
革が裂けている場合は内側から革を当てて補強します。分解を伴う作業になります。
正直にお伝えすること
深い傷は完全になかったことにはできません。至近距離で見れば補修した跡は分かります。
私たちがお伝えするのは「どこまで目立たなくできるか」という見通しです。そのうえで、費用をかける価値があるかどうかを判断していただいています。
▶ 修理事例(靴修理・革小物修理・バッグ修理):https://www.spica-inc.jp/repair-case/
やってはいけない対処法

① 強くこする
傷を消そうとして強くこすると、銀面がさらに削れます。浅い傷が深い傷になります。
傷の周辺は、いつも以上に優しく扱ってください。
② 消しゴムでこする
スエード用の消しゴムをスムースレザーの傷に使う方がいらっしゃいますが、これは避けてください。銀面を削ることになります。
③ 濡らす
水で拭くと、一時的に傷が目立たなくなることがあります。これは水分で光の反射が変わっているだけで、乾けば元に戻ります。
それどころか、水シミという新たな問題を招くことがあります。
④ 濃い色のクリームで塗りつぶす
傷を隠そうとして靴より濃い色のクリームを厚く塗ると、その部分だけ色が沈み、かえって目立ちます。
しかも、濃く入れた色を薄く戻すのは困難です。
⑤ 補修剤を厚く盛る
市販の補修剤を使う場合も、一度に厚く盛らないでください。乾燥時に縮んだり、表面が不自然に盛り上がったりします。
傷を防ぐための工夫

傷は付いてしまうものですが、減らす工夫はできます。
① 定期的に油分を補う
乾いた革は傷が付きやすくなります。油分を含んだ革は、しなやかで多少の擦れなら跳ね返します。
結局のところ、日常の手入れがいちばんの予防になります。
② つま先に補強を入れる
つま先は、階段や段差でもっとも傷つきやすい場所です。
ソールのつま先部分に金属や樹脂の補強を入れることで、つま先の削れを防げます。これはソールの寿命を延ばす目的でも使われる方法です。
③ 履くときの所作を見直す
- 靴べらを使い、かかとを踏まない
- 階段を上がるとき、つま先を引っかけないよう意識する
- 車の乗り降りで、ドアの縁に擦らないよう気をつける
④ 保管時にぶつけない
靴箱の中で靴同士がぶつかっていると、それだけで傷が増えます。 下駄箱にしまった革靴、翌シーズンに取り出してみたらカビだらけ。
実は、こんな経験をした人は少なくありません。
調査によると、収納スペースの湿気やカビに不安を感じる人が96.3%にも上り、約32%が革製品のカビを特に懸念しています。
革靴の保管で大切なのは、「日常的に履く靴」と「シーズンオフの靴
シューキーパーを入れて形を保ち、余裕をもって並べてください。
革靴の正しい保管方法と長持ちさせるコツ|カビ・型崩れを防ぐプロの知識!
傷を、味と捉えるという考え方
最後に、少し違う角度からの話をします。
傷のない革靴は、履かれていない革靴
履けば必ず傷が付きます。これは避けられません。
逆に言えば、まったく傷のない革靴は履かれていない革靴です。靴箱の中で、ただ古くなっていく靴です。
小さな傷は、手入れで馴染んでいく
細かい擦り傷は手入れを重ねるうちに、周囲と馴染んでいきます。
クリームの油分が繰り返し入り、表面が整えられ、やがて全体の風合いの一部になります。
十年履かれた革靴には無数の細かい傷があります。けれど、それらが集まって、その靴独特の表情を作っています。
気にする傷と、気にしない傷を分ける
すべての傷に対処する必要はありません。
目立つ場所の大きな傷は手当てする。細かい擦り傷は日常の手入れに任せる。この線引きができると、革靴との付き合いがずいぶん楽になります。
傷を恐れて履かなくなるより、傷を受け入れて履き続けるほうが、その靴にとっては幸せなのだろうと私たちは考えています。
▸ 気になる傷がありましたら
「自分で対処できる傷か、工房に出すべき傷か」の判断は、実物を見るのがいちばん確実です。
元麻布スピカでは公式LINEにお写真をお送りいただければ、ご相談いただけます。傷の部分を、明るい場所で、斜めから光を当てて撮っていただくと、深さが分かりやすくなります。
ご自身のケアで十分な場合はその方法をお伝えします。
▶ LINEでのご相談はこちら:https://line.me/R/ti/p/@077xtoek
▶ 修理・メンテナンスサービス(紳士靴):https://www.spica-inc.jp/repair-service/category/mens/mens-repair/
▶ 元麻布スピカの「履きやすさ」:https://www.spica-inc.jp/shop/
よくあるご質問
Q. 買ったばかりの靴に傷がついてしまいました
A. 浅い擦り傷であれば、クリームで油分を補うだけでかなり目立たなくなります。まずは慌てず、その方法を試してみてください。
Q. 傷は完全に消えますか
A. 浅い擦り傷であれば、ほとんど分からなくなります。銀面が削れた傷は補色でかなり目立たなくできます。えぐれた傷は目立たなくはできますが、完全に消すことは難しいです。
Q. 補修剤は市販のものでも使えますか
A. 使えます。ただし、色合わせと盛り方に慣れが要ります。目立たない場所で試してから、本番に進んでください。
Q. スエードに傷がついた場合はどうすればいいですか
A. スエードは起毛革なので、対処がまったく違います。ブラッシングで毛を起こすことで、多くの傷は目立たなくなります。スムースレザー用のクリームは使わないでください。
Q. エナメル(パテントレザー)の傷は直せますか
A. エナメルは表面に樹脂の膜がある革で、傷が入ると目立ちます。専用のクリームである程度は目立たなくできますが、深い傷の補修は難しい素材です。
Q. 傷が気になって履けません
A. お気持ちは分かりますが、履かないでいると革は乾き、別の問題が出てきます。目立つ傷を手当てして、履ける状態にするほうがその靴のためになります。
まとめ:傷の直し方は「銀面」の有無で判断。浅い傷は油分補給で解消
革靴の傷は表面の「銀面(ぎんめん)」が残っているかで対処が変わります。
白く見える浅い擦り傷は繊維の毛羽立ちのため、指で油分を補えば消えて見えます。
銀面が削れた傷は色付きクリームでの補色、えぐれ・切れは補修剤を充填するプロの補修が必要です。
こする・濡らす・濃い色での塗りつぶしはNG行動です。
この記事のポイント
- 判断の分かれ目は、銀面が残っているかどうか
- 白く見える傷の多くは繊維の毛羽立ち。油分で改善する
- 銀面が削れた傷は色付きクリームで補色する
- えぐれ・切れは工房での補修。完全には消せない
- 強くこする、濡らす、濃い色で塗りつぶすは避ける
- 細かい傷は、手入れを重ねるうちに風合いになっていく
新品の美しさもさることながら、手をかけながら共に時を重ねた革靴こそ、何ともいえない魅力的な表情を見せてくれます。
